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英雄たちが愛した歴史的スパイクVOL.46『サッカー博物館に物申す編』

サッカーの歴史を語る上で、当時のスーパースターの実使用品は欠かすことができない重要なアーカイブだと思います。世界のどこかで、古今東西のスーパースターの重要な品々を集めたサッカー博物館がときどき開催されているようですが、スパイクについては首をかしげるようなものが多いので、ちょっと物申させてください。

Icon 29634314 1815368455432881 1085668874 o 小西博昭 | 2020/08/11
サッカーも様々な個人技があると思いますが、体操のように選手の名前がついたワザは珍しいと思います。

巻頭写真は、サッカープレーヤーなら誰でも知っている「クライフターン」をご本人が披露した時のものです。

前回、74年W杯のスパイクについて紹介しましたが、この大会でのクライフ選手の活躍は今も伝説として語り継がれています。
当然、クライフ選手レベルであれば、その実使用品は博物館級であり、世界最高峰のサッカーグッズコレクターが主催するサッカーレジェンド博物館の目玉でもあるようです。  

Thumb efbc92図1 博物館のクライフ選手のブース(左)  

ブースの説明によると図1は74年W杯予選のベルギー戦のクライフ選手実使用ユニフォームだそうです。スパイクはオブジェなのかもしれませんが、一応、ネット上ではその時使われたものと書かれていました。


 え…、ありえない(絶句)。

写真家の富越さんがその試合の画像をSNSにアップしており(図1右)、ユニフォームは確かにそれっぽいですが、スパイクは取替式です。

Thumb efbc93図2 スパイクを拡大してみると「BORUSSIA」というモデルです。 なんだか当時のものらしく、固定式ソールはいいあんばいに劣化しています。

固定式、取替式は大した問題ではなく、実はこのモデルはまったく違うところでも使われています。

Thumb efbc94図3 この画像はブエノスアイレスにある神の若い頃の自宅を再現した博物館内の一枚です。ここでも同じ「BORUSSIA」が置かれています。  

神が少年のころ使ったベッドの傍らに置いてあるスパイクは、いい具合にやれていて、いかにも本当にご本人が使った感じですが…。

 ありえません。  

ボルシアというモデルは日本でも売られていましたが、8千円ぐらいのモデルでした。
 

Thumb efbc95図4 プーマ・マドリードとボルシア。シーザ・メノッティの廉価版的なモデルだったと思います。  

プーマもアディダスも強豪サッカークラブのあるヨーロッパの都市名がついたスパイクはたくさんありました。

ただ、どれも一般プレーヤー向けのお手軽モデルだったと思います。 この価格帯のモデルをクライフ選手や神が使ったのであれば、ある意味うれしいことですが、まずありえないでしょう。  

さて、レジェンド博物館の主催者はアルゼンチンの方ですので、当然、神のブースはお宝グッズ満載のようです。

Thumb efbc96図5 博物館の神コーナー  

ユニフォームは所属クラブ、アルゼンチン代表の各年代のものがそろっているようです。 ただ、スパイクは…。
 Thumb efbc97図6 神コーナーで一番目立っているのが黄色ラインのアディダス…。よく見るとベッケンバウアーモデルです。  

説明によると黄色ラインのアディダススパイクは79年の神の実使用だそうです。
確かに神はプロ入りした頃(76年頃)はアディダスを使われていましたが、皇帝モデルは履かないだろうなあ…。 79年は東京でのWユースでプーマを履いて大活躍して優勝した時です。  

プーマのスパイクも置いてあるのですが、これも拡大してよく見ると前述の「BORUSSIA」に見えます。
 

別のブースで90年W杯神実使用スパイクとして飾られているのがこちらです。

Thumb efbc98図8 確かに神の現役晩年の実使用っぽいですが、このソールは95年以降のものです。  

90年大会の神のスパイクについてはこちらをご参照ください。その時の実使用この方がお持ちです。
 

なんだかスパイクおたくからすると、この手の博物館は

「昔のスパイクのことなんかだれも知らんから、適当に使い古し置いとけ」

 みたいな感じがするんですよねえ。
ユニフォームならメーカー、デザイン、背番号で認識しやすいのでしょうが、スパイクは、昔は黒一色が普通だったのでコレクターでも細かいことはご存じないんでしょうね。

ただ、これぐらいのレベルのレジェンドはスパイクも由緒正しいものを展示すべきだと思います。  

中途半端なモデルを置くぐらいなら、実使用ではなくてよいので、その頃実際に使用したモデルに近いものを置いた方がいいような気がします。 例えばこれなんかどうでしょうか?

Thumb efbc99図7 マラドーナ・プロIとII。87年に発売された1サイズ(神の足のサイズ26センチ)のみの限定品。手前の固定式(プロI)は「先生」にいただきました。  

あるわけないですが、オファーがあればいつでもお貸しします。  

さて、巻頭はキレキレのクライフターンでスウェーデンDFのオルソン選手が翻弄されているシーンなのですが、この方のスパイクは驚きのカラーです。

Thumb e382afe383a9e382a4e38395e382bfe383bce383b3図9 クライフターンの映像はよく見ますが、なにせ46年前の74年大会ですからどれもそれほど鮮明ではありません。この画像をみつけて、あらためて抜きさられた選手のスパイクに注目しました。  

クライフ選手のスパイクはこちらに似たモデルだと思いますが、オルソン選手のみならずこの大会のスウェーデン代表選手は、この時代では極めて珍しいカラースパイクの方が何人かおられます。

Thumb 10図10 74年W杯のスウェーデン代表(富越さんの画像です)。スパイクのカラーは赤、白(PATRICK)、青があり、メーカー(LAWRENCEとかQUICKとか)もナゾなモデルが多いです。そちらの解説はいずれブログでしたいと思います。  

Thumb 11図11 74年大会準決勝スウェーデン対西ドイツ戦でタックルするオルソン選手です。これも富越さんの素晴らしい写真です。この時代にパトリックのカラースパイクがW杯で使われていたとは…。  

74年大会でスウェーデンは2次リーグで敗れましたが、優勝した西ドイツ戦も善戦し健闘しました。オルソン選手がクライフターンで翻弄された試合は予選リーグで、結果はスコアレスドローでした。
決して、あのシーンがチームの大勢に影響したわけではないのですが、今でも"クライフターンの初犠牲者”として語り継がれるインパクトの強いシーンです。  

あれだけ見事に抜き去られたDFが白と赤のスパイクを履いていたことが、
その後長い間、カラースパイクが許容されなかった要因の一つだったかもしれませんね。

昔のカラースパイクは否定的な見方をされたことをカズさんもこちらで語られています。


どうせならこういう歴史的スパイクをどこかの博物館に飾ってほしいです。

◆小西博昭オフィシャルブログ
https://maradonaboots.com/