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英雄たちが愛した歴史的スパイクVOL.18 『マラドーナシリーズの不思議編』

プーマの名選手、名監督シグネチャースパイクで、マラドーナの名がついたモデルは最も種類が多いと思われます。メキシコW杯から30年後の2016年にマラドーナスーパーが復刻されました。改めてオリジナルのマラドーナシリーズとの比較や、個人的感想と知見を書かせていただきました。

Icon 29634314 1815368455432881 1085668874 o 小西博昭 | 2018/07/31
巻頭写真のモデルが発売された頃、発起人の金子さんがそれに関するコラムを書かれており(http://king-gear.com/articles/123)、私も同じようなことを思った覚えがあります。

ただ、本を執筆中であったこともあり、その資料ということで、このモデルも購入してしまいました(図1左)。 


このオリジナルは1981年に、数種の別モデルと一緒に発売されました(図1右)。
アディダスのシグネチャースパイクと同様(16話をご参照下さい)、マラドーナシリーズはどちらかというと一般プレーヤー向けで、ご本人が実戦で履くことはめったになかったと思います。   

Thumb efbc92 図1 マラドーナスーパーはプーマ初の固定式2色ソールモデルだったと思います。 すでにアディダスにはスーパーカップという固定式の2色ソールモデルがありましたが25000円もする高級品でした。

今では何てことはないソールですが、当時の固定式2
色ソールは高嶺の花で、後発のプーマは比較的手ごろな価格でこのタイプのソールモデルをデビューさせたと思われます。
  

これらのモデルが発売された後、ボカジュニアーズの国外遠征が行われ、日本で行われた3試合(ゼロックススーパーサッカー)のうち1試合で、神はマラドーナスーパーを履いてプレーしました(図2左)。

他の2試合はベルトマイスターだったようです。また、その前の香港での親善試合ではディエゴマラドーナを履いていました(右)。

Thumb efbc93 図2 私にとっての神対決。木村選手は、試合をした中で一番すごいと思った選手はマラドーナと度々言われています。左はその時の試合だったと思います。   

西ドイツ製スパイク好きのため、マラドーナシリーズは日本製と思っていたのでどちらかというと敬遠していました。しかし、懐かしさに負けて手に入れた一つがマラドーナ10です。意外にも西ドイツ製でした(図3)。ちなみに図1の復刻版はイタリア製です。

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図3 マラドーナ10はマラドーナスーパーの取替え式版です。普通はアッパーが同じ場合、取替え式の方が若干高額なことが多い印象なのですが、マラドーナスーパーの固定式2色ソールは発売当時特別な扱いだったと思われます。   

マラドーナシリーズは当時毎年のように新しいモデルが発売されました。図4左は83年頃のマラドーナシリーズで、右はその内の一つマラドーナキングです。こちらは日本製だったと思います。

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 6話で触れましたが、この頃から日本製プーマスパイクでも白シュータンが採用され、マラドーナシリーズもシュータンデザインが変わりました。プーマのロゴ下には「DIEGO MARADONA」と記されています。
 

マラドーナキングは色やソールがトレロ(3
話をご参照下さい)と同じですが、細部はかなり凝った造りです(上挿入写真はかかと部分のトレロ(左)との比較)。価格はトレロよりも随分安く、人気があったようです。見にくいですが、プーマラインにサインがプリントされています。
  

マラドーナシリーズは海外でも独自に製造・販売されていたようで、モデル名が同じでも国によってまったく別物の場合があります。また、国内でも同じ名前の物がリニューアルされる場合もありました。

 マラドーナ10は知る限りで図3のモデルを含めて4種類はあると思います。マラドーナキングも海外物(図5右下)は図4の物とはまったく別物です。 

図3中に固定式のマラドーナプロというモデルがありますが、後に発売されたメキシコW杯使用モデルもマラドーナプロという名前でした(13話をご参照下さい)。
 

Thumb efbc96 図5 左は海外から入手したマラドーナ10。右上は86年ぐらいのマラドーナ10(国内モデル)。右中は海外モデルだと思われますが、この名前のモデルにしては珍しい固定式です。

右下はマラドーナキングの海外モデルで、プーマ愛用レジェンド(ペレ、エウゼビオ、クライフ、マテウス、そして神)の使用品展示会に並んだスパイク。86
年当時、神がこの配色のスパイクを本当に履いていたのかは不明です。
  

マラドーナシリーズのスパイクをご本人が使用したのは、図2のような親善試合か、宣伝広告の撮影時ぐらいだったと思います。 

しかし、スパイクのクオリティーは良かったようで、他国の代表選手はW杯でも履いていたようです。 82年大会ではペルー代表主将(図6左)が、86年大会ではウルグアイのラモス選手(中央)がマラドーナスーパーらしきスパイクを使っています(しかもラモス選手はアルゼンチン戦でも)。2大会連続というのはある意味すごいと思います。 

また、W杯ではありませんが、あのシルトン選手も86年大会前の代表戦で、マラドーナシリーズらしきスパイクを履いていました(右)。マークが不鮮明で真偽はわかりませんが、顔のイラストのアフロヘヤーは見えるような気がします。
あのマークは好き嫌いがあるようですが、こういう時に役に立ちます。

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図6 ルベン・ディアス選手(左15番)、ヴェナンシオ・ラモス選手(中央)、イングランド代表GKシルトン選手(右)。

ラモス選手はペニャロールの一員として、トヨタカップで来日されました。その時のスパイクはこのモデルではありませんでした。シルトン選手も86
年大会のアルゼンチン戦はもちろん違うモデルでした。
  

試合では使っていなかったようですが、スコットランドのハンセン選手も82年大会時のトレーニングではマラドーナスーパーを履いていたようです。
 

W杯に出るような代表選手が、「なんでオレがディエゴの?」とは思わなかったのでしょうか? 

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図7 アラン・ハンセン選手(上の右の選手)は99年ワールドサッカー誌の「20世紀の偉大なサッカー選手100人」に選ばれたほどの選手です(ペレ選手が選んだ100人ではありません)。 

個人的にトップ選手のトレーニング写真はスパイクが割とはっきり見えるので好きなんですが(下は82
年当時のブラジル代表)、トップレベルのサッカー選手は意外に体が硬い気がします。確かカズ選手も硬かったと思います。単に柔軟体操が嫌いだったのか?今の若い選手はどうなんでしょうか?
  

次回はこれまでも度々名前を出してきたアディダス・スーパーカップについて書きたいと思います。(予定変更もありますがご容赦下さい)。 

(写真は当時のサッカーマガジン、イレブン、アフロ及びゲッティイメージズなどより引用)  

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