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英雄たちが愛した歴史的スパイクVOL.57 「固定式10本スタッドのシーザーメノッティ編」

古今東西、様々なサッカースパイクが誕生し消え去っていきましたが、個人的にもっともソールがユニークだと思っているスパイクが、プーマの「シーザーメノッティ」です。1980年前後の数年間だけ製造された、今ではほとんど現存しないと思われる10本スタッドの固定式スパイクについて語らせていただきます。

Icon 29634314 1815368455432881 1085668874 o 小西博昭 | 2021/06/22
私が大学生だった35年ほど前、当時サッカー部の総監督だった方が履いていたスパイクが10本スタッドの「シーザーメノッティ」でした。安物のスパイクしか履いたことがなかった私は、練習そっちのけで西ドイツ製の高級モデルに目が釘付けになりました。

ただ、それ以後、10本スタッドのモデルを手にすることも見ることもなく、コレクターになった近年、ぜひ手にしてみたいモデルの一つでした。 これまで2足の「シーザーメノッティ」を入手しましたが、いずれもソールはオリジナルではありません(図1)。
Thumb e59bb31図1 ソールが剥がされていたので、パラメヒコのソールをつけた黒シュータンの「シーザーメノッティ」(左)。入手時すでにアルゼンチン製の12本スタッドがつけられていたT字白シュータンの「シーザーメノッティ」(右)。
同じモデル名ですが、様々異なる点があります(後述)。
 

これまでも何度かお伝えしたと思いますが、固定式ソールは経年劣化でヒビ割れたり、崩壊することが多く、スフィーダパラメヒコでもすでにそのような例があります。プーマジャパン設立後はソール交換が可能になったようですが、おそらくそれ以前はソールが劣化した固定式スパイクは捨てられてしまい、取替え式に比べて現存しているビンテージモデルの数は極めて少ないと思われます。


 「シーザーメノッティ」も最近はなかなか見つからず、ましてや10本スタッドのソールまで残っているものを見つけるのはなかばあきらめていました。 ところが、英国のNさんから「ソールが劣化しているけどいるか?」と急に連絡があり、入手できたのが図2です。
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図2 劣化はあるものの、オリジナルのソールがついた「シーザーメノッティ」。ソールの中央の「Made in W. Germany」の刻印もはっきり残っています。

右下はプーマ社の動画に登場する10
本スタッドのスパイク。やはりソールが白く変色しているようです。
 

変色やヒビ割れが進んでいますが、10本のスタッドは崩壊や折れなどなく、すべてそろっています。当時の広告やカタログ以外では、プーマ社の動画に一瞬登場するモデルしか見たことがなく、本物の10本スタッドを手にすることができるとは思っていませんでした。

Nさん、本当にありがとうございます。
崩壊が始まると保存のしようがありませんが、なんとかヒビ割れだけでおさまっているので、これからも大事にします。  

 さて、「シーザーメノッティ」はモデル名の通りアルゼンチン代表の往年の名監督セサル・ルイス・メノッティ氏のシグネチャーモデルの一つです(図3)。 発売当時の特徴ですが、この時期はシュータンやモデル名の表記など、同じモデルでも様々なパターンが存在します(図3~5)。
Thumb e59bb34図3 アルゼンチンのサッカー雑誌中の「シーザーメノッティ」の広告(左)。右は日本での発売当初のメノッティシリーズのカタログ(プーマジャパン所蔵)。いずれもT字白シュータンですが、プーマのマークの位置が異なります。取替え式「メノッティスター」黒赤ソールで、これも一年ぐらいしか製造されなかったと思われます。  

 「シーザーメノッティ」は80年代になって黒シュータンバージョンも発売されました(図4)。
Thumb e59bb35図4 どちらも黒シュータンの「シーザーメノッティ」ですが、シュータンの材質(右はメッシュ入り)や、側面の印字(どちらも筆記体ですが、左はMenottiのみで、右はCesar Menotti)が異なります。ちなみに図1右はゴシック体です。  

 その後、ノーマルの白シュータンバージョンに変更され(図5上中)、多くはシュータンにも「MADE IN WEST GERMANY」の表示もあったと思いますが、今回入手した図2のモデルのように「PUMA」のみで、西ドイツ製の表記がないものもあったようです(図5上左)。

 それほど多くはないですが、国内外の名選手も履いていたころがありますが、期間はとても短かったと思います。
Thumb e59bb33 図5 白シュータンの「シーザーメノッティ」(上)。わかりにくいですが、「MADE IN WEST GERMANY」の表記があるもの(上中)と、ないもの(上左)があったようです。 下左はまさに「シーザーメノッティ」を履こうとしているアルゼンチン代表のタランティーニ選手(1980年ごろ)。右は10本スタッドのスパイクでプレーする読売クラブの奥田選手。  

 ちなみに10本スタッドと言えば、ほぼ「シーザーメノッティ」を意味しますが、他のモデルにも採用されていました(図6)。

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図6
 「シーザーメノッティ」以外の10本スタッドソールのスパイク。プロフェッショナル(左)とオットーレーハーゲルコーチ(右)。プロフェッショナルは海外では12本スタッドだったようです。
 

 さて、80年ごろにはすでにアルヘンチノス・ジュニアーズの大エースだった若きディエゴ様も10本スタッドのスパイクを履いていたことがありました。 ただ、このころのディエゴ様のプーマスパイクは多種多様でした(図7、8)。

Thumb e59bb312図7 アルヘンチノス時代のディエゴ様。入団当初はアディダスのスパイクでしたが、プーマにしてからは、固定式は12本スタッド(左端)の時が多かったようですが、10本スタッドもご使用でした(左から2番目)。取替え式(他3枚)は白1色、黒黄、黒赤など様々なモデルを履いておられたようです。

Thumb e59bb311図8 シュータンのパターンもいろいろでした。T字白シュータンも同じように見えますが、微妙に表示や形状が違うようです。この時代のプーマのモデルは本当に多種多様です。  

 話を「シーザーメノッティ」に戻しますと、このモデルが一番多く使われた国際試合はジーコさんが大活躍した1981年のトヨタカップだったと思います(図9)。

当時のサッカー雑誌の写真では気づきませんでしたが、富越正秀さんのすばらしい写真のおかげでこの試合のスパイク事情がわかってきました。


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図9
 1981年トヨタカップで得点を喜ぶフラメンゴの選手たち。得点したアジリオ選手(中央)とレアンドロ選手(右端)は10本スタッドのスパイクです。ジュニオール選手(5番)のスパイクはプーマですが、12本スタッドでした。
    
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図10
 レアンドロ選手(左)とアジリオ選手(右)。どちらも白シュータンのモデルです。
 

相手チームのリバプールにも10本スタッドのスパイク愛用選手がおられました。

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図11
 リバプールの主将・トンプソン選手(4番)とGK・グロベラー選手は10本スタッドのスパイクでしたが、グロベラー選手のモデルは黒シュータンだったようです。
 

アディダスのスパイクの選手も多数おられましたが、コパムンディアルがデビューする前で、「ワールドカップウィナー」や「スーパーカップ」を履く選手が多く、今見てもテンションが上がります。


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図12 この試合の最優秀選手が10年後に日本でプレーし、代表監督にまでなっていただけるなんて、誰が想像したでしょうか。ジーコさんは今もルコックのスパイクも、賞品の車もお持ちなのがすごいです。
 

「シーザーメノッティ」をW杯で履いた選手は、私が調べた範囲ではなかなか見つけられませんでした。年代的には82年スペイン大会にはいるかなと思いましたが、前述のレアンドロ選手も12本スタッドのプーマをご使用でした。


 ただ、ディエゴ様の画像を見まくっていた時に、86年メキシコ大会でお一人発見しました(図13)  

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図13
 86年W杯決勝トーナメント1回戦、10本スタッドのスパイクを履いて、ディエゴ様をマークするウルグアイ代表のグティエレス選手。
 

 グティエレス選手は他の試合では主に取替え式のスパイクで、10本スタッドは図13の試合のみだったようです。 86年大会まで10本スタッドのモデルがあったことも意外ですが、おそらくこれがW杯で10本スタッドのスパイクが使用された唯一の試合だったのではないかと思っています。 また情報があれば追記します。  

 (画像は富越様のSNS、ゲッティイメージズ様などより転載させていただきました)