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英雄たちが愛した歴史的スパイクVOL.67 「1990年W杯決勝のスパイク秘話編」

本コラムや自分のブログでさんざん昔のスパイクのことを語ってきましたが、今回は正直、なぜこんな重要なことに今まで気づくことができなかったのかという自戒の内容です。巻頭画像はご存じの通り、90年イタリアW杯決勝前の両雄です。このお二人のスパイクのヒモの結び方が同じだったことをご存じだったでしょうか?

Icon 29634314 1815368455432881 1085668874 o 小西博昭 | 2022/06/03
    マテウス選手は言わずと知れたドイツ代表の歴代最多出場を誇るレジェンドです。ディエゴ様とは86年、90年W杯決勝で対戦し、86年大会で敗れたリベンジを90年大会で果たしました。

マテウス選手はお父さんがプーマの守衛をされていたためか、プーマがサポートするボルシアMGでプロになられてから、所属クラブでは一貫してプーマのスパイクを使っていました。しかし、アディダスがサポートする代表チームではアディダスのスパイクを履いて(履かされて?)いました。


図1は巻頭画像と同じですが、ディエゴ様の90年W杯特別仕様スパイクはこちらで解説しました。ヒモの結び方は当然あの「アルゼンチン(マラドーナ)結び」です。
マテウス選手はアディダスのワールドカップで、途中で右足だけワールドカップSLに履き替えたこともこちらで紹介しました。 ただ、アディダスの昔のスパイクにも多少詳しい者としては、「90年で、このタイプは古すぎないか?」という疑問が前からありました。 Thumb efbc92図1 90年W杯決勝前のディエゴ様とマテウス選手。マテウス選手のスパイクのシュータンマークは裏が白色です。また側面の文字は何と書いてあるかは判別できませんが、2行になっていることがわかります。  

80年代のアディダスワールドカップは取替え式の最高峰モデルで、82年大会でソールがリニューアルされた新型になりました。
それから現在まで、今もワールドカップは生産され続けていますが、80年代は何回かマイナーチェンジがありました(図2)   Thumb efbc93図2 82年頃ワールドチャンピョンと同じソールながら、つま先の構造が変わったワールドカップ82がデビューしました(左端)。シュータンマークは表が青い生地で、折り返すと白い状態です(左)。
側面の「WORLD CUP 82
」の表示は2行になっています。ほとんど同時期にシュータンマークが黒色になり、折り返した裏側も黒い状態です(中央)。その後、「WORLD CUP」になり側面の表示は1行です。また、シュータンマークのトレフォイルが赤色に、かかとのマークは大きいトレフォイルのみに変わっています(右)。
 

図1のマテウス選手のワールドカップは側面の表示が2行であることから、いちばん初期のワールドカップ82か、その前に短期間作られていたワールドチャンピョンだと思われます。
図3は86年シーズンのブンデスリーガを制したバイエルンのメンバーですが、上から下までほとんどの選手がアディダスなのにもかかわらず、マテウス選手だけはプーマのスパイクを履いています。 Thumb efbc94図3 前列左から3人目の(拍手している)マテウス選手のみプーマで、他の選手はすべてアディダスのスパイクです。シュータンマークはすでに黒色が主流なのがわかります。  

図4は86年W杯、88年のフレンドリーマッチでディエゴ様をマークするマテウス選手ですが、相変わらずシュータンマーク裏が白いワールドカップを履いています。
おそらく、マテウス選手はワールドカップではなく、ワールドチャンピョンか初期ワールドカップ82を長期間大事に愛用していたんだと思います。   Thumb efbc95図4 86年W杯決勝(左)、88年フレンドリーマッチ(右)。ディエゴ様のスパイクは左はこちらで紹介したモデルで、右はSPAキングを黒塗したものと思われます。  

ここから今回の本題ですが、88年のプラティニ選手の引退試合の時、ディエゴ様が80年代では極めて珍しくアディダスのスパイクを履いていました。
この経緯についてはこちらの雑誌で、プラティニ選手が語られており、パパン選手のスパイク(フランス製リオムー)を借りて、前半戦だけ出場したそうです(図5左)。ただ、その他にも、どう見てもリオムールではなく、ワールドカップらしきスパイクを履いている画像を以前こちらで紹介したことがありますが(図5右)、ずっと不思議に思っていました。   Thumb efbc96図5 88年プラティニ選手の引退試合。左はリオムールを履くディエゴ様。右はおそらく試合前で、アルゼンチン(マラドーナ)結びのワールドカップらしきモデルを履いています。  

最近、ディエゴ様のアルゼンチンの旧家にあったスパイクを持っているという人とSNSでやり取りすることができました。それについてはいずれ紹介させていただく予定ですが、その方からディエゴ様が亡くなられた1ヶ月後ぐらいに、マテウス選手が明かしたエピソードのニュースを教えいただきました(こちら)。
不覚にもそのニュース自体をまったく知らなかったのですが、個人的にはびっくりする内容でした。訳すとこんな感じだと思います。  

「マラドーナとは、プラティニ・ワールドチームでフランスと対戦したとき、一緒にプレーしました。丸2日間、マラドーナと一緒に過ごしたのはそのときが初めてで、とても気が合いました。試合前の昼食時、マラドーナが「スパイクを忘れてきた」と言うんです。彼と私はプーマと契約していましたが、私は代表チームではいつもアディダスでプレーしなければなりませんでした。

(マテウス選手はこの試合はプーマのスパイクでプレーしました)
でも、私はトレーニング用に、アディダスのスパイクも持っていました。それで彼に、『ディエゴ、どれくらいの大きさのスパイクを履いているんだ』と聞くと6.5か7と言っていました。よく覚えていないんだけどね。

そして、「君がプーマと契約していることは知っている。でも、アディダスを1足持っているんだけど」と言うと、マラドーナは気にせず私のアディダスのスパイクを使いました。試合後、彼は私にそれを返してくれました。でも、彼は違うヒモの結び方をしていたんです。ヒモをすべて斜めに通すのではなく、1つ穴を飛ばして斜めに、そしてまた1つ穴を飛ばして斜めに通していました(いわゆるマラドーナ結び)。「マラドーナがあんなヒモでプレーできるのなら、私にもできる」と思ったんです。そして、そのように結んだままにしておいたのですが、代表チームでしか使わず、ブンデスリーガの試合でもチャンピオンズリーグの試合でも使わなかったので長持ちしたんです。
 

マテウス選手は、ドイツとアルゼンチンが優勝を争った1990年ワールドカップの決勝戦でもこのスパイクを使用し、マテウス選手自身が、西ドイツに優勝をもたらすPKを担当しなかった大きな理由となった。
 

決勝戦では、すでに少し壊れていたんだ。私はよく穴が開いていてもプレーしていましたが、あんなことは今では考えられません。でも、決勝戦の35分に(右足の)ソールが割れて、完全に壊れてしまいました。そのあとは、同じモデルがなかったので知らないモデルを履いたんです。だから、決勝でPKを決めたのは私ではなく、ブレーメだったのです。マラドーナのヒモの結び方は甲の部分が緩くて、その方が履き心地が良かったので、今でもそのスパイクを家に持っています。それと、マラドーナのワールドカップジャージも2着持っています。」
 

いやー、そんなストーリーがあったとは…。 今一度、その時の画像を見てみました(図6)。
   Thumb efbc97図6 90年W杯決勝の入場時(左)、試合終了後(中)。右足だけシュータン裏の色が変わっています。右はスパイクを換えた後にプレーするマテウス選手。  

今までマテウス選手のヒモの結び方を注目したことがありませんでしたし、当然、普通の結び方をしていると思っていました。 ワールドカップを履いている選手のほとんどがシュータンを折り返しているので、ヒモの結び方は判別しにくいのですが、決定的画像がありました(図7) Thumb efbc98図7 90年W杯決勝試合前。確かにマテウス選手のスパイクはマラドーナ結びでした。つま先に穴が開いているようにも見えます。あの時、ディエゴ様に貸したスパイクを使っていたんですね。 他の選手はワールドカップですが、マテウス選手はまだワールドカップ82か、このつま先のつくりを見るとワールドチャンピョンだったかもしれません。  

ディエゴ様に貸したスパイクを90年W杯でマテウス選手が履いていて、決勝のアルゼンチン戦でおかしくなって右足だけこちらに履き替えた。

でもPKを蹴るのは不安だったので、ブレーメ選手に蹴ってもらった。
もしそのまま、おかしくなったままのスパイクか、履き替えたSLで蹴って失敗していたら…。
ディエゴ様の呪い?てなことになったかも。
なんだかドラマだなあ…。  

さて、90年W杯大会後はさすがに代表用のスパイクを新調されたようで、91年の親善試合ではシュータンマークが黒いワールドカップを履いていました(図8左)。
このモデルも長持ちしたようで、94年W杯まで使い続けていたようです(図8中)。
ただ、やはり途中で壊れたのか、予選リーグ3試合目の韓国戦から、新しいワールドカップ(現行モデルとほぼ同じ)を使うようになりました(図8右)。
  Thumb efbc99図8 91年イングランドとの親善試合のマテウス選手はシュータンマークが黒いワールドカップを履いています(左)。おそらく94年W杯の開幕戦でも同じモデルを履いていたようです(中)。94年にはワールドカップはマークや3本線が変更された新タイプになっていましたが、マテウス選手は旧タイプを使っていました。しかし、大会途中で右のように新タイプに変更されました。  

新タイプのワールドカップは現在も生産されている超ロングセラーの名作スパイクで、06W杯では地元ドイツのクローゼ選手がこのモデルを履いて得点王になりました。

Jリーグでも米本選手が2018年ごろに使用していましたが、さすがにもうプロ選手が履くモデルではないのかと思っていましたが、最近浦和レッズのショルツ選手が固定式のコパムンディアルとともに使っておられます(図9)。
Thumb efbc91efbc90図9 現行ワールドカップを履いて活躍する選手たち。06年W杯のクローゼ選手(左)。FC東京時代の米本選手(中)、浦和レッズのショルツ選手(右)。  

最後に、90年W杯決勝で壊れたマテウス選手のスパイクですが、おそらくそれらしきスパイクを手にしている画像が図10です。Thumb efbc91efbc91
図10 2012年にバイエルン本拠地でのマテウス選手(左はルムメニゲ選手)。手にしている金色に塗られたスパイクははっきりわかりませんが、マラドーナ結びの90年W杯決勝で使ったモデルのようです。  

(写真はサッカーマガジン、サッカーダイジェスト、アフロ及びゲッティイメージズなどから転載させていただきました)