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原口元気が語るギア vol.1「黒いスパイクに靴墨をぬって、ブラシで磨く。その作業が好きでした」  

ヘルタ・ベルリンで定位置を確保し、日本代表でも存在感を発揮。日本サッカー界の旗手として活躍が期待される原口選手の、スパイクへのこだわりとは?

Icon 16507462 1265298270231215 772223146 n ミムラユウスケ | 2016/10/04
スパイクは単なるギアにあらず。もはやサッカー選手にとって、身体の一部と言ってもさしつかえないのかもしれない。  

日本代表選手のなかでも、際立った存在感を放っているのが原口元気だ。ブンデスリーガでは、ヘルタ・ベルリンのサイドアタッカーとして開幕戦からゴールに絡みつづけ、地元メディアで大きな話題となった。  

日本代表でも9月のタイ戦で決勝点となる先制ゴールを決めた。現在、もっとも注目を集める日本人フットボーラーの一人であることに異論はないだろう。  

ヘルタでも、日本代表でも活躍できる要因の一つにスパイクの存在があった。原口のスパイクへのこだわりは、サッカー選手としての彼の進化を示すものだった。  


――最初にスパイクを買ったのは?

原口元気(以下、原口)「僕の少年団では、3年生か4年生になると、スパイクを履いてもよいという決まりがあって。初めて買ったのは、そのタイミングでしたね。それまではトレーニングシューズを履いていました。カンガルーの皮のスパイクが欲しいといって、親にお願いしました。モデルまでは覚えていないんですけど……」
 

――そのときの原口少年の気持ちは?

原口「もちろん嬉しかったし、こまめに手入れもしていて、大事に使っていましたね」  

――いかにもサッカー少年という感じですね?

原口「昔から、スパイクが大好きで。新しいモデルが出ると毎回のように、親に買って欲しいとねだっていて。もちろん、『モノは大切にしないといけない』と親からは言われてましたし、手入れをすれば長く履ける。だから、僕も大事に使っていたんですけど……。まぁ、それくらいスパイクが好きだったんですよ」
 
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――どのような手入れを?

原口「当時は黒いスパイクばかりだったので、靴墨をぬって。それで、ブラシで磨くと黒光りして、すごくカッコイイ。それによって、皮も足になじむし。その作業が趣味、というほどじゃないかもしれないですけど、好きでした

  ――原口選手はマメなタイプなのですか?

原口「いや、マメじゃないですけど、自分が好きなことにはいくらでも時間をかけていられるというか。逆に、自分が興味を持てないことに関して、マメさを求められるのは苦手ですけど(笑)」  

――子どもながらにスパイクが足になじんでいくのを感じるのは楽しかったですか?

原口「はい。昔のスパイクは、『ベロ』があったでしょう? 今はないですけど。そのベロの部分を洗濯バサミでつまんで、曲げさせたり、折り目をつけて、型を作ったり……」

  ――そういう作業はいくらでもやっていられると?

原口「うん、好きでしたね!」  

――当時、憧れていた選手やスパイクなどはあったのですか?

原口「ラウールが好きで、彼が履いているスパイクなどはかっこよく見えましたね」  

――ラウールですか?

原口「好きでしたねぇ。自分とタイプは違うんですけど、カッコイイなと。華がある。ループシュートとか、子どもがワクワクするような小技を見せたりするところにあこがれていました」  

――となると、シャルケでラウールとチームメイトだった内田選手をうらやましく思ったりも?

原口「そう! もう少しオレが早くドイツに来ていたら、ラウールとも対戦できたのに……」  

――そんな原口選手が現在と同じようにナイキのスパイクを履くようになったのは?

原口「プロになって、2年目からです」    

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――当時はどのようなモデルを?

原口
「当時のモデルは、一通り、履きましたね。何が自分に合うのかを探るために。ただ、ティエンポがいいのか、マーキュリアル(ヴェイパー)がいいのか、なかなか決められなくて。両方とも用意してもらって、最初の1年間くらいは試合によって代えたりもしていました。結局、2年目からヴェイパーを履くようになりました」

(第2回に続く)
 

【プロフィール】 原口元気(はらぐちげんき) 1991年、埼玉県生まれ。江南南サッカー少年団、浦和レッズジュニアユース、同ユースを経て、2008年に二種登録選手として公式戦デビューを果たす。2009年にクラブ史上最年少で契約を結び、浦和レッズの一員として2014年までプレー。2104シーズンからはドイツ・ブンデスリーガのヘルタ・ベルリンで活躍中(2016年時点)    

文・写真 ミムラユウスケ/プレー写真 清水和良