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なぜ水中から陸上に?元水泳メダリストの星奈津美が東京マラソンへ挑戦!「Vol.1 なぜ走ることになったのか!?」

ロンドン五輪とリオ五輪で200mバタフライに出場し、2大会連続で銅メダルを獲得した星奈津美さん。そんな星さんは2016年10月に引退し、現在は今週末25日に開催される東京マラソン2018に向けて最終調整中だ。Vol.1では、なぜフルマラソンを走ることになったのか?その経緯などを聞いた。

Icon 16466945 810048175800857 1247399717 n 菊池 康平 | 2018/02/21
――2016年10月に水泳を引退されましたが、いつ頃から走ろうかなと思い始めたんですか?その理由も知りたいです!   

:東京マラソンに出る出ないに関係なく走り始めたのが2017年の2月くらいです。引退と同時に急に運動をやめたので、太り始めて「やばいな!」と思いジムに行き始めたんです。まずはジムのトレッドミルで走り始めました。30分くらいですけどね。   

もともと水泳選手で走る人は少ないんですけれど、現役時代に私は走っていたほうだったんですよ。練習終わりとかに3km~4kmですが、少しでも心肺機能を上げようと走っていたのもあって、トレッドミルは慣れていたんですよ。   

――入口はダイエットだったんですね(笑)それにしてもなぜフルマラソンを走ることになったんですか?   

:2017年6月にミズノの展示会で、大塚製薬さんから「東京マラソンで走りませんか?」と打診を頂いたんです。東京マラソンのスポンサーの大塚製薬さんとはボディメンテの広告をやらせて頂いた関係で繋がりがありました。   

――それで走る羽目になったんですね(笑)

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:確かにいきなりフルマラソンは考えていなかったんですよ(笑)でもいつかやってみたいと興味は持っていました!ただもう少し先かな~と漠然としたイメージは持っていましたけどね。良いきっかけを頂いたんです!   

――背中を押されましたね!!水泳選手は、ずっと水の中にいるじゃないですか。地上に上がってくると普通の人よりも重力を感じたりするもんなんですか?   

:それはありますね~!水泳選手あるあるなんですが、歩いたり走るより泳ぐほうが楽なんです。水泳をやめてすぐの時は普通の生活も苦痛で。 ようやく陸にも慣れてきたかなというタイミングで東京マラソンの話を頂いた感じですね。   

――泳ぐほうが楽とは!!星さんがやられていたバタフライは心肺機能が問われる競技ですよね。それもあって練習後に走ってたんですか?

 :そうですね。練習の前後に脈を上げて、心肺機能を高めるために、短い距離を速いペースで走ってました。時間にして20分くらいですかね。   

――水泳選手の時は1日どのくらいの時間を水の中にいたんですか?   

:1日に2回(朝・夕方)泳ぎます。1回の練習時間は約2時間半で7kmくらい泳ぎます。トータルして1日15kmくらい泳いでました。    

――1日の内、5~6時間は水の中にいたんですね。マラソンの話をまとめると、1~2月はダイエットで軽く走り、6月に東京マラソンに出場することが決まり、フルマラソンに向けて本格的に練習を始めたのが8月下旬くらいですね。   

:はい。トレッドミルを卒業して、8月くらいからは外を走るようになりました。はじめはどこを走って良いかわからなかったんですよ。
  
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写真=ミズノ株式会社  

 ――水泳選手の身体は水の中に慣れているので、30分走るだけでもひざなどへの影響があったり、痛くなったりしましたか?   

:お尻や股関節回りに張りがでましたし、最初はふくらはぎや足の裏が痛くて大変でした。

ーー水泳時代は地面につくことがあまりなかったですもんね。   

:そうなんですよ。走り始めの時は土踏まずとかも痛くて。   

――フルマラソンが決まり、はじめの練習は何をしたんですか?   

西岡勝義コーチ登場!(ミズノスポーツサービス株式会社 エスポート「F.O.R.M.」支配人)
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西岡:菊池(筆者)さんがマラソンの練習を始めた時と同じくF.O.R.M.診断をしました。「こういうところを、気を付けて走ってくださいね」という話をしました。

水の中では実績がありますが、陸では実績がないので色々とサポートしていくことになりました。   


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写真=ミズノ株式会社   

――F.O.R.M.診断の点数はどのくらいでしたか? 

:75点くらいです。   

――陸では実績がないとはいえ、やはり高い点数でさすがアスリートですね!!はじめはどういうことを意識して練習をしたんですか?   

:長い時間を走り続けるということにフォーカスしました。60分、70分と走る時間を増やしていき、1時間くらいは走れるようになりました。ゆっくりでもいいから長い時間走ることに慣れることを大事に練習しました。   

――まずは星さんにとって未知である長い時間と距離に慣れることにフォーカスしたんですね。ジムではなく外で走るようになって何か変化はありましたか?   

:外を走るようになると、ジムのレッドミルで走るより、きつく感じました。トレッドミルは動いてくれるから。外で走るとどっと疲れて、体重も落ちて「よしよし」と思って走ってました。走る感覚も変わってきましたしね。馴れてくると、外のほうが面白くなってきたんです。

 
――外のほうが季節も感じられて気持ちがいいですよね。どこを走ってたんですか?   

:外に出たのが10月だったので季節的にも良かったです。信号も少なくて走りやすい家の周りの運河沿いなどです。だいたい10km走るコースで、1時間10分くらいで走っていました。   

――毎日走っていたんですか?   

:毎日ではなかったです。出来るときは2日続けて走っていたりしました。   

――そうですよね。毎日はオーバーワークになりかねませんね。1人で走っているんですか?   

:普段は主人が、一緒に走ってくれてます。運河沿いだけでなく、緑道とか林間コースを走っていますが、人も少ないので夜に1人で走るのは危ないということで、付いてきてくれるようになったんです。すると主人も走ることにハマって、一緒に走るようになったんですよ(笑)

9月と10月は1回7kmを週に2~3回走るようになったんです。 11月は15kmくらいまで走る距離を増やしたりしました。

Vol.2へ続く(2月22日掲載予定)

【プロフィール】

星 奈津美
Natsumi  Hoshi
     
■生年月日:1990 年 8 月 21 日 
■出身地:埼玉県 越谷市
■春日部共栄高校~早稲田大学卒~スウィン大教

2014 年 
ミズノ株式会社入社 ミズノスイムチーム所属

2017 年 4 月~ 
東洋大学非常勤講師         

2017 年 6 月~ 
(公財)日本水泳連盟 アスリート委員

【略歴】
 
競泳を始めたのは 1 歳半の時にベビースイミング教室に通い出したのがきっかけだった。 

鷺後小学校・栄進中学校を経て春日部共栄高校に進学すると、1、2 年生の時にはインターハイの 200mバタフライで 2 連覇を達成した。

3 年生の時には、日本選手権 200mバタフライ決勝で、高校新記録 2 分 07 秒 38 をだして 2 位となり、北京オリンピック代表に選ばれた。

早稲田大学・スウィン大教に籍を置きながら競技を継続、2014 年にミズノ株式会社に入社し競技を続ける。

その間、2015 年 8 月 世界水泳選手権 200m バタフライ決勝で、競泳女子の日本選手として大会史上初の金メダル獲得の他、3 大会連続のオリンピック出場・2 大会連続でメダルを獲得した。 

2016 年 10 月 国民体育大会をもって現役引退。現在、ミズノスイムチーム コーチを務めながら、水泳の普及活動を行っている。
 
【経歴】
2006 年 高校 1 年 インターハイ 200m バタフライで初めての全国大会優勝 

2007 年 ジュニアパンパシフィック大会にて初の日本代表入り
 
2008 年 北京オリンピック 200m バタフライ 10 位

2010 年 パンパシフィック選手権 200m バラフライ 5 位

2011 年 国際大会代表派遣選考会 200m バラフライ優勝 日本新記録(2:06.05)

世界水泳選手権 200m バタフライ 4 位 日本新記録更新(2:05.91)

2012 年 ロンドンオリンピック代表選考会 バラフライ優勝 日本記録更新(2:04.69)

ロンドンオリンピック 200m バタフライ 銅メダル獲得

日本学生選手権 200m バタフライ 4 連覇達成

2013 年 世界水泳選手権 200m バタフライ 4 位

2014 年 パンパシフィック選手権 200m バタフライ 準優勝

アジア大会 100m バタフライ 4 位 200m バタフライ 準優勝

2015 年 世界水泳選手権 200m バタフライ  優勝
※日本競泳女子選手では大会史上初の金メダル

2016 年 日本選手権 200m バタフライ  7 連覇
リオデジャネイロオリンピック 200m バタフライ 銅メダル獲得
※2 大会連続メダル獲得は、日本人女子 3 人目