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10人が思いを乗せてタスキをつなぐ。素人だらけの陸上部が箱根駅伝を目指す「風が強く吹いている」

スポーツに疎い人でもその名を知る駅伝といえば「箱根駅伝」だろう。正式な大会名は「東京箱根間往復大学駅伝競走」で、コースを駆ける選手たちと沿道にあふれる応援の人々の姿が映るテレビ中継を新年の風物詩のように感じている人も少なくないはずだ。今回取り上げるのは、全国の大学生ランナーの夢舞台ともいうべきこの箱根駅伝を扱った作品『風が強く吹いている』。三浦しをんの同名小説を原作とし、舞台化やアニメ化、そしてコミカライズもされた名作だ。※メイン画像:撮影/上樂博之

Icon 20190710 dscf0362 middle 藤堂真衣 | 2024/12/12

実力者ランナー・カケルがスカウトされたのは弱小陸上部

三浦しをんの小説を原作に、海野そら太が作画を担当した漫画版『風が強く吹いている』は、週刊ヤングジャンプ・月間ヤングジャンプで2007~2009年まで連載され、全6巻のコミックスが発行されている。コンパクトにまとまった作品ながら、物語は盛り上がりの連続で読み始めると止まらなくなる。

メインキャラクターは箱根駅伝を目指す「寛政大学陸上部」の10人だが、その中心となってストーリーを動かしていくのは蔵原走(カケル)と清瀬灰二(ハイジ)の二人だ。

カケルは前年のインターハイで5000メートルに出場し、優勝するほどの優れたランナーでありながら、所属していた陸上部で暴力事件を起こし、陸上競技から遠ざかっていた。寛政大学に進学するために上京するも、親から受け取った支度金を失い、その俊足を活かして(?)パンの万引きをして逃げているところをハイジに目撃され、自転車で追走。ハイジが住む「竹青荘」の部屋を貸す代わりに「箱根を目指さないか」と誘われる。

竹青荘・通称アオタケには寛政大学陸上部の寮という顔があり、そこに住んでいた9名もハイジに騙される形で陸上部員となり、陸上未経験者がほとんどの10人で箱根を目指すことになる。

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イラスト/vaguely

個性はバラバラでも、箱根駅伝に適した走力を秘めたメンバーも

アオタケに集う10人は、陸上経験者が少ない。カケルとハイジ、そして高校まで陸上をやっていた平田(ニコチャン先輩)だ。剣道経験者のユキ、サッカー経験者の双子・ジョータとジョージなど、スポーツの経験がある者もいるが、漫画オタクの茜(王子)といったどう考えてもスポーツ向きでないメンバーも含まれている。はじめは反抗する者も多いが、それぞれがハイジに弱みを握られていたり、自分にメリットになることを見つけたりと、理由はバラバラながらも箱根を目指し始める。

また箱根駅伝に出場するための予選会にも、当たり前に出場条件がある。越えなければならない壁があまりにも多く、そして高く、どう考えても箱根駅伝なんて出られない、誰もがそう思うメンバーだ。だが、実は幼い頃から傾斜の激しい山道を走って通学していたという杉山(神童)や、長距離ランナーとしても実力者の多いアフリカ出身の留学生・ムサなど、箱根駅伝のコースを走るのに適した人材が集められていた。

箱根駅伝のルートは全部で10区あり、それぞれ特色が異なる。大手町を出発する1区は平地の続く都心部、小田原から芦ノ湖までのまさに“箱根”を走る5区は、標高にして800メートルを駆ける険しい上り坂。コースの特性に合わせたメンバー選びや、各区でのアップダウンによるペースづくりや戦術など、単に「走る」という単純な競技からは想像しにくい駆け引きが展開されるのも箱根駅伝の面白さなのだ。

一人ひとりが自分のモヤモヤを断ち切る、レースの2日間

厳しいトレーニングを乗り越え、なんと箱根駅伝出場の切符を手にした寛政大学。物語の後半は寛政大学の、そしてライバルである東京体育大学や六道大学のメンバーが箱根駅伝のコースを駆けるシーンが展開されていく。

1つの区間はおよそ20キロメートル前後。彼らの足では1時間前後で走る距離だが、この1時間の間に選手はどのようなことを考えるのだろうか。1区を走る王子はオタクでスポーツ経験もなく、もちろん長距離走の経験もない。トレーニングを始めたときには誰よりも遅く、体力もなく、寛政大学の一番の懸念材料だった。スタート直前、ハイジから「無理に付き合わせてすまなかった」と言葉をかけられた王子は「そんな言葉が聞きたいんじゃないよ」と答えて出走する。周囲のスパートに置き去られながらも懸命にタイム差を空けぬよう走り、2区へとタスキをつないだ王子にハイジは「ここまで一緒に来てくれてありがとう」と告げる。

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イラスト/vaguely

カケルの高校時代の同級生であり、彼をライバル視している東京体育大学・榊や、ハイジの高校時代のチームメートだった六道大学・藤岡も、自分に与えられた役割を果たしながらも、これまでに自分が歩んできた陸上人生やカケル、ハイジとの記憶を思い起こす。常に自分の前を走っていたカケルを追い抜きたい、その一心で練習に打ち込んできた榊。絶対王者の栄光を守るために優勝は義務であると考え、区間賞を狙う藤岡。どの人物にも歩んできた人生があり、陸上への並ならぬ思いがある。

実は、ハイジはヒザに故障を抱えている。監督でもあった父と心から打ち解けることもできず、一人で鍛錬を重ねてきたハイジにとって「走る」ことはつらく苦しいことばかりだったのかもしれない。でも、箱根は一人で走るのではない。タスキをつなぐ十人がいるからこそ、駅伝を走りきることができる。「何のために走るのか」への答えは、ランナーそれぞれに違った答えがあるはずだ。箱根の道を駆ける1時間は、一人ひとりがその答えに出会うための時間であるようにも感じられる。

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