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ヒーローインタビュー「Thank you for coming」は「来てくれてありがとう」or「お越しいただきありがとうございます」?

試合の感想やファンへのメッセージは、シンプルなものが多い。しかし、シンプルだからこそ、どう訳すかで与える印象が大幅に変わる。※トップ画像出典/PhotoAC

Icon 240910 02 01 1 佐々木真理絵 | 2025/03/15

試合後のサポーターへの“英語”のメッセージ

試合直後にサポーターやファンへのコメントを求められるのはスポーツシーンではお決まりの流れ。
こうした場面では、選手はサポーターへの感謝と、次に向けてへの意気込みを伝えることが多く、正直なところシンプルで似たようなコメントが多い。
ただシンプルな表現だからといって、実は“簡単に”日本語に訳せるわけではない。

「Thank you for coming. 」

2025年2月26日、ベスト電器スタジアムで開催された明治安田J1リーグ第3節のアビスパ福岡と川崎フロンターレとの1戦より、試合終了後にナッシム・ベン・カリファ選手がサポーターに向けて実際に伝えた言葉。
このフレーズ自体は頻出の表現だし、こうしたインタビューでも、それこそ会場や施設に足を運んでくれた方への感謝の言葉として鉄板のフレーズだ。
ではこの言葉を日本語に訳すと、どうなるだろう。
「難しいワードもないしシンプルだから簡単!」と思われがちだが、実は“シンプルだからこそニュアンスまで訳すのが難しい”のだ。
というのも通訳がこの言葉を、

「来てくれてありがとう」

「お越しいただきありがとうございます」

と訳すのではかなり印象が変わる。また、ベン・カリファがこの言葉の後に続けた、

「Your support is very important for us」も同様で、

「あなたたちのサポートがとても大切だ」

「皆さんのご声援が私たちにとって非常に重要です」

とどちらで訳すかで伝わるニュアンスが違う。

前者はカジュアルでファンとの距離感が近く、後者は礼儀正しい印象ではないか。彼の性格はもちろん、このチームにきてどれくらいでチームメイトやサポーターとの距離感はどのくらいなのか。こうした“状況”をくみ取って訳すことが重要だ。

非常に極端な例ではあるが、「お前らの応援が大事なんだぜー!」と訳してしまうことだってできる。

このように、シンプルな英語でも、日本語にすると選択肢が多く、どの言葉を選ぶかで印象が大きく変わる。スポーツの世界では、選手の言葉がファンやサポーターの心に響く重要な要素になるため、そのニュアンスを意識することが大切だ。

“伝わる”通訳をしたいなら…

では、どうすれば選手が本当に伝えたい温度感で訳すことができるだろうか。 

「選手のことを知る」これに限る。だから「そのために選手と一緒に過ごす」ことでしかカバーできないと考えている。

実はこの思いに至るには筆者の実体験が関係している。以前バレーボールチームで通訳をしていた時にポーランド出身の選手とブラジル人コーチと毎日一緒に過ごしていた。コート外でも食事に行ったり、買い物に行ったり、その道中でバレーの考え方や試合の話、家族の話などをたくさんした思い出がある。するとある日突然こんなことが起こった。

記者が選手に「日本人選手がヨーロッパで活躍するには何が必要か」「その他の国と日本のバレーは何が違うか」という質問をしたとき、本人が答える前にどう答えるか完全に分かってしまったのだ。もちろん勝手に答えるわけではなく、選手の言葉をしっかり聞いたうえで訳したが(笑)。

この領域までくると、選手の思いも自然と感じるようになり、彼らの思いを汲み取ってばっちりハマる通訳ができる。

選手の性格、考え方、バックグラウンド、普段の発言などを彼ら・彼女らのことを知っていると、よりその選手が本来言いたいニュアンスに近づけることが可能だ。

スポーツ通訳は、ただ単に直訳するのではなく、選手の気持ちや個性も含めて伝えていくのが使命だ。


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