「道」は続く。井上康生が見据える終着点は、柔道を活かした社会への貢献
最近、アスリートの力を社会に役立てていこうとする動きが盛んになってきていることをご存知だろうか。様々な課題が横たわる現代社会において、アスリートの活躍の場は、競技場の中だけではなくなってきているのだ。 それを象徴するようなイベントが11月9日(土)・10日(日)の2日間に渡って行われた。スポーツ、ミュージック、アートを通して若者が献血・骨髄バンクの必要性を知り行動するきっかけを作ろうとする「SNOWBANK」と、アスリートの社会貢献活動を促進する「HEROs」がタッグを組み、「東京雪祭SNOWBANK PAY IT FORWARD×HEROs FESTA2019」が開催されたのである。今回、キングギアでは、このイベントの中でも、興味深かったセッションについて、4回にわたって連載する。第3回目は、柔道日本代表監督・井上康生氏によるトークセッションの様子から、柔道界の現状や、目指すべき社会貢献の形を紹介する。
瀬川 泰祐(せがわたいすけ)
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2019/11/14
−−シドニーオリンピック金メダリストで、現柔道日本代表監督、そしてHEROsアンバサダーを務めている井上康生さんです!
(井上)皆さん、こんにちは。ただいまご紹介に預かりました柔道の井上です。今日はどうぞ宜しくお願いします。
−−まず初めに、井上さんにはHEROsのアンバサダーを務められているということで、どのような社会貢献活動を行なっているのか、ご自身の活動をご紹介いただけますでしょうか。
(井上)私は柔道家ですが、柔道の究極の目的は、柔道を活かしていかに社会に貢献できるか、ということだと思っています。そういう中で、微力ではありますが、自分にできることをやっております。
−−柔道は日本人にとっては馴染みの深い「道」でもあり、ご苦労もたくさんあると思うのですが、日本代表監督を務めていて、いかがでしょうか?
(井上)そうですね。柔道といっても、いまは漢字の「柔道」と英語表記の「JUDO」の両面があるんじゃないかと思います。我々は、武道的な観点でも意識的にやっていますし、またスポーツという観点での取り組みもありますので、この2つを融和させながら、柔道という競技を発展させていくことが大切だと思っています。
−−もともとの話をお伺いしたいのですが、井上さんはいつ頃から柔道を始められたのでしょうか?
(井上)私は5歳の時から柔道をはじめました。父親が柔道家でもあり、警察官でもあったので、その影響が非常に強かったのだとおもいます。
−−5歳からこれまで長い間、携わっていて感じる柔道の魅力はどんなところにあるのでしょうか?
(井上)私自身、本当に柔道が大好きな人間で、これから先も一生柔道に携わって生きていきたいなと思っているのですが、一つ目の魅力は技への追求に面白さがあります。もう一つの魅力は、ベタな言葉になりますが、柔の道、道への追求が、柔道の魅力だと思っています。例えば、大会に勝ったとしても、それを、どう次に生かしていく人間であるか、どのような人生にしていくか、という道への追求が魅力だと思っています。
−−道の追求ということですが、金メダルというのは現役の時も、そして今も目指されていると思うのですが、それは一つの終着点だと考えてよろしいのでしょうか?
(井上)終着点ではないんですよね。それはあくまでも、柔道家にとっての過程であって、もちろんオリンピックを目指すからこそ、選手たちは大きく成長を遂げていくと思っていますし、また先程も言った通り、このオリンピックに出場した、金メダルをとった、といった結果を元に、どう次なる人生に生かしていくかが非常に大事なことだと思います。私自身も日本代表の監督をさせてもらっていますし、オリンピックも経験してきましたが、まだまだ道半ばだと感じています。
−−まだまだ道半ばなんですね。
(井上)そうですね。まだまだやりたいこともあります。やれることもたくさんあります。HEROsのイベントに参加させてもらう中で、まだまだ柔道界は切り開いて行かなきゃいけない取り組みがたくさんあるなと思っていますので、一つ一つ自分自身ができることをこれからもやっていきたいです。
−−自分自身ができることをやっていきたいとのことですが、現役を退いてから海外にも行かれましたよね? やはり日本と海外の柔道の違い、伝え方の難しさは感じられますか?
(井上)そうですね。間違いなく「柔道」と「JUDO」は違いがあると感じています。例えば、世界中には、武器を持たずに生身一つで戦っていく術(すべ)があるんですね。いわゆる格闘技というのものです。競技性という面で、「JUDO」は、格闘文化をどんどん取り入れてきています。いわば、世界中の格闘技の複合体的なものに変わってきているなと感じます。また大会の運営面においても、直近で行われた世界選手権では、選手への賞金として、総額100万ドル。もちろん階級ごとに分配されますが、そういったシステムに変わってきています。ですから、ただの武道的な「柔道」と、スポーツ化された「JUDO」という2面性を考えた上で、取り組んでいかないといけないですし、その中で発展形を見極めていく必要があると感じています。
−−難しいところですよね。賞金を狙いにいっているプロの「JUDO家」もいるでしょうし、そうではなく柔の道を進んでいる「柔道家」もいる。指導という面でも大変だと思うんですけど。
(井上)でも、お金を稼ぐことが武道精神に反しているかというと、私はそうは思わないんです。選手たちが、賞金を手にすることによって、強化費に使うこともあるでしょう。また、柔道教室などを開いて夢や希望を与えていく活動をしている人たちも沢山います。大事なのは、得たものを何に活かしていくかという理念やビジョンなのではないかと思っています。それがブレなければ、私は新しいシステムは「あり」なのではないかと思っています。
−−柔道というのは、全世界に広まっている競技ですから、世界に向けた社会貢献活動が出来ますよね。
(井上)そうですね。私自身も最近NPO法人を立ち上げまして、柔道を通じた社会貢献や国際交流を行う活動を始めています。例えば、中学や高校で余った柔道着をリサイクルして、世界中の恵まれない国々に送ってあげるとか、または、畳を買うことができない、環境が整っていない方々に送ったりしています。また世界中のコーチ、特に発展途上国のコーチを日本に集めて、その国のレベルアップを図っていくようなコーチングセミナーやコーチング合宿を行なったりもしています。お伝えさせてもらった通り、柔道を通じて何を後世に残していくかがとても大事なことだと思っています。もちろん、男子の日本代表監督という立場で、勝ちにもこだわっていかないといけないポジションですので、勝ちも求めつつも、様々な活動を通じて、柔道を活かしていけるように、そして、社会にとって価値あるものだと認めていただけるようにしていきたいと思います。
−−いまのお話の中で、海外に柔道着を送られているという話がありましたが、例えば柔道を体育でやって、そのまま使わずに残っているという方は、どちらかに送れば、その活動を支援することになるのでしょうか?
(井上)はい、その通りです。非常にドラマティックな出来事だったのですが、リオ五輪で金メダルを取った田知本遥選手が、ある程度使い古した柔道着を寄付してくれたんですね。そして彼女が引退したあと、ある時に海外に指導に行った際に、その道場にいた子が、田知本選手の柔道着を着ていたそうなんです。途上国の子供達は、なかなか柔道着を手にすることもできません。そのような環境の中で、リサイクル柔道着を活用して柔道を楽しんでいるところに、田知本選手が指導者として現れた。これは本当に偶然ですし、とてもドラマティックでもあり、その子にとって、大きな夢や希望を与えるきっかけになったのではないかなと思います。今後もこのような活動をどんどん広げていけるように努力していきたいと思います。
−−そのような話を聞くと、縁はどこで繋がるのかわからないし、国境を超えて繋がっていきますよね。縁といえば、井上さんはHEROsアンバサダーとして、被災地支援にも携わっていらっしゃいます。平成30年7月豪雨の被災地訪問をされたそうですが、どのようなきっかけで行かれたのでしょうか?
(井上)HEROsのアンバサダーとして指名していただいて、快く引き受けさせていただいますが、それは、HEROsがおこなっている活動に、私自身が心から感銘を受けているからです。私自身が目指していきたい方向に導いてくれるような、そんな活動ですので、今は日本代表監督という立場で、時間が取れないんですけども、できる限り積極的に取り組みたいという想いで参加させていただきました。被災した方々の苦しみや辛さを100パーセント理解することは難しいかもしれませんが、現場に行って、HEROsアンバサダーの方達が、一生懸命に皆さんを励まして、それを心から喜んでくれる被災地の方々を見た時に、やはりこのような活動は大事だなと改めて感じました。
−−さぁ、そんな中で、もう一人、こちらにお招きしたいと思います。井上康生さんと一緒に、被災地である広島県を訪れたSNOWBANK代表理事、そしてプロスノーボーダーの荒井daze善正さんです。
(daze)よろしくお願いします!
−−広島の方で井上さんとご一緒されたそうなんですけども。
(daze)そうなんですよ。昨年のことでしたが、僕も呼んでいただいて、被災地支援に行くことになりました。井上康生さんをはじめ、たくさんのトップアスリートがいて。しかも僕と井上さんは同じ歳だったんですよ。井上さんは活躍がものすごく早かったですよね。僕が20歳になる頃には、すでに活躍していて大スターだったので。当時、僕はまだプロスノーボーダーになったばかりで、井上康生さんをみて、僕も何かやってやるぞって思っていました。
−−それぞれが違うカテゴリーであっても、同じ歳の方が繋がるんですから面白いものですよね。
(井上)HEROsの活動を通じて荒井さんとは出会いましたが、今でも鮮明に覚えていますよ。バスの中で、このような活動をしているんだと説明を受けて。パンフレットを持ち歩かれていて、それを見せてもらった時に、本当に素晴らしい活動だなと。もし私も何かご協力できることがあればと思いましたし、今後柔道界とコラボしながら何か行動できればいいなという話をしてい他ところで、今回またご一緒でき、非常に良い機会をいただきました。
(daze)本当に嬉しいです。こうして実際に繋がって、現場に来ていただいてHEROsフェスタが開催されていることが、本当に素晴らしいと思います。
−−スノーボーダーのことは知っていたり、柔道のことは知っていたりする方はいると思います。そのような方々が、お互いを知り、さらに大きな影響力を与え合うわけですからね。
(daze)まさにSNOWBANKは、ハブになろうと思って立ち上げました。僕たちの活動を知ってもらうために、渋谷に雪を降らせて、スノーボーダーがライディングをして、それが結果的に社会貢献になれば、スノーボーダーの社会的地位の向上にも繋がると思い、2011年からやり続けてきました。
−−柔道家はあまりスノーボードはやらないイメージがありますが、何かの機会にやってみたら、意外とできるという選手がいたら面白いですよね。
(井上)実は今年の冬に、スノーボードにチャレンジしてみたんですよ。本当に怖かったですね。家族で、毎年冬になると1〜2回は必ずスキー場に行くんです。いつもはスキーをやるんですけど、今回はスノーボードに挑戦し、結果は、雪の中に頭が突き刺さりまくりました(笑)。あんなに投げられたのは久しぶりというくらい、投げられました(笑)。
−−受け身は完璧じゃないのですか?
(井上)いやいや、あれじゃ、受け身取れないですよ。ですから、「もういいや」って吹っ切れて、頭を突き刺しまくりましたね。非常に怖かったですけど、気持ち良いし、楽しいかったですね。
(daze)あの大自然の中で滑るという感覚が楽しいですよね。
−−井上さんがスノーボードにチャレンジしてくれて、嬉しいんじゃないですか?
(daze)本当に嬉しいですね、まさかね。
−−井上さん、あそこに雪山がありますよ。
(井上)いやいや、2020年のオリンピックで「お前大丈夫か」って言われてしまうような姿しか見せられないので、今日は控えさせていただきます。
−−最後になりましたが、井上さんから、皆さんに一言お願いします。
(井上)今日は短い時間でしたが、非常に楽しく過ごさせていただきました。荒井さんの活動は非常に素晴らしいものだと思っていますし、柔道界もこのような活動をどんどん取り入れていきながら、人のため、社会のために尽くしていきたいと思っています。その前に、我々には2020年の東京オリンピックを間近に控えています。その戦いの中で、皆さんに夢や希望や感動を与えていくこと、これも我々が皆さんに与えていくことができる一つの貢献だと思っています。いま選手たちは死に物狂いで頑張ってます。選手たちを、そして柔道界を、是非とも応援していただければと思います。今日はありがとうございました。
取材・文・写真:瀬川泰祐
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(井上)私は柔道家ですが、柔道の究極の目的は、柔道を活かしていかに社会に貢献できるか、ということだと思っています。そういう中で、微力ではありますが、自分にできることをやっております。
−−柔道は日本人にとっては馴染みの深い「道」でもあり、ご苦労もたくさんあると思うのですが、日本代表監督を務めていて、いかがでしょうか?
(井上)そうですね。柔道といっても、いまは漢字の「柔道」と英語表記の「JUDO」の両面があるんじゃないかと思います。我々は、武道的な観点でも意識的にやっていますし、またスポーツという観点での取り組みもありますので、この2つを融和させながら、柔道という競技を発展させていくことが大切だと思っています。
−−もともとの話をお伺いしたいのですが、井上さんはいつ頃から柔道を始められたのでしょうか?
(井上)私は5歳の時から柔道をはじめました。父親が柔道家でもあり、警察官でもあったので、その影響が非常に強かったのだとおもいます。
−−5歳からこれまで長い間、携わっていて感じる柔道の魅力はどんなところにあるのでしょうか?
(井上)私自身、本当に柔道が大好きな人間で、これから先も一生柔道に携わって生きていきたいなと思っているのですが、一つ目の魅力は技への追求に面白さがあります。もう一つの魅力は、ベタな言葉になりますが、柔の道、道への追求が、柔道の魅力だと思っています。例えば、大会に勝ったとしても、それを、どう次に生かしていく人間であるか、どのような人生にしていくか、という道への追求が魅力だと思っています。
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(井上)終着点ではないんですよね。それはあくまでも、柔道家にとっての過程であって、もちろんオリンピックを目指すからこそ、選手たちは大きく成長を遂げていくと思っていますし、また先程も言った通り、このオリンピックに出場した、金メダルをとった、といった結果を元に、どう次なる人生に生かしていくかが非常に大事なことだと思います。私自身も日本代表の監督をさせてもらっていますし、オリンピックも経験してきましたが、まだまだ道半ばだと感じています。
−−まだまだ道半ばなんですね。
(井上)そうですね。まだまだやりたいこともあります。やれることもたくさんあります。HEROsのイベントに参加させてもらう中で、まだまだ柔道界は切り開いて行かなきゃいけない取り組みがたくさんあるなと思っていますので、一つ一つ自分自身ができることをこれからもやっていきたいです。
−−自分自身ができることをやっていきたいとのことですが、現役を退いてから海外にも行かれましたよね? やはり日本と海外の柔道の違い、伝え方の難しさは感じられますか?
(井上)そうですね。間違いなく「柔道」と「JUDO」は違いがあると感じています。例えば、世界中には、武器を持たずに生身一つで戦っていく術(すべ)があるんですね。いわゆる格闘技というのものです。競技性という面で、「JUDO」は、格闘文化をどんどん取り入れてきています。いわば、世界中の格闘技の複合体的なものに変わってきているなと感じます。また大会の運営面においても、直近で行われた世界選手権では、選手への賞金として、総額100万ドル。もちろん階級ごとに分配されますが、そういったシステムに変わってきています。ですから、ただの武道的な「柔道」と、スポーツ化された「JUDO」という2面性を考えた上で、取り組んでいかないといけないですし、その中で発展形を見極めていく必要があると感じています。
−−難しいところですよね。賞金を狙いにいっているプロの「JUDO家」もいるでしょうし、そうではなく柔の道を進んでいる「柔道家」もいる。指導という面でも大変だと思うんですけど。
(井上)でも、お金を稼ぐことが武道精神に反しているかというと、私はそうは思わないんです。選手たちが、賞金を手にすることによって、強化費に使うこともあるでしょう。また、柔道教室などを開いて夢や希望を与えていく活動をしている人たちも沢山います。大事なのは、得たものを何に活かしていくかという理念やビジョンなのではないかと思っています。それがブレなければ、私は新しいシステムは「あり」なのではないかと思っています。
−−柔道というのは、全世界に広まっている競技ですから、世界に向けた社会貢献活動が出来ますよね。
(井上)そうですね。私自身も最近NPO法人を立ち上げまして、柔道を通じた社会貢献や国際交流を行う活動を始めています。例えば、中学や高校で余った柔道着をリサイクルして、世界中の恵まれない国々に送ってあげるとか、または、畳を買うことができない、環境が整っていない方々に送ったりしています。また世界中のコーチ、特に発展途上国のコーチを日本に集めて、その国のレベルアップを図っていくようなコーチングセミナーやコーチング合宿を行なったりもしています。お伝えさせてもらった通り、柔道を通じて何を後世に残していくかがとても大事なことだと思っています。もちろん、男子の日本代表監督という立場で、勝ちにもこだわっていかないといけないポジションですので、勝ちも求めつつも、様々な活動を通じて、柔道を活かしていけるように、そして、社会にとって価値あるものだと認めていただけるようにしていきたいと思います。
−−いまのお話の中で、海外に柔道着を送られているという話がありましたが、例えば柔道を体育でやって、そのまま使わずに残っているという方は、どちらかに送れば、その活動を支援することになるのでしょうか?
(井上)はい、その通りです。非常にドラマティックな出来事だったのですが、リオ五輪で金メダルを取った田知本遥選手が、ある程度使い古した柔道着を寄付してくれたんですね。そして彼女が引退したあと、ある時に海外に指導に行った際に、その道場にいた子が、田知本選手の柔道着を着ていたそうなんです。途上国の子供達は、なかなか柔道着を手にすることもできません。そのような環境の中で、リサイクル柔道着を活用して柔道を楽しんでいるところに、田知本選手が指導者として現れた。これは本当に偶然ですし、とてもドラマティックでもあり、その子にとって、大きな夢や希望を与えるきっかけになったのではないかなと思います。今後もこのような活動をどんどん広げていけるように努力していきたいと思います。
−−そのような話を聞くと、縁はどこで繋がるのかわからないし、国境を超えて繋がっていきますよね。縁といえば、井上さんはHEROsアンバサダーとして、被災地支援にも携わっていらっしゃいます。平成30年7月豪雨の被災地訪問をされたそうですが、どのようなきっかけで行かれたのでしょうか?
(井上)HEROsのアンバサダーとして指名していただいて、快く引き受けさせていただいますが、それは、HEROsがおこなっている活動に、私自身が心から感銘を受けているからです。私自身が目指していきたい方向に導いてくれるような、そんな活動ですので、今は日本代表監督という立場で、時間が取れないんですけども、できる限り積極的に取り組みたいという想いで参加させていただきました。被災した方々の苦しみや辛さを100パーセント理解することは難しいかもしれませんが、現場に行って、HEROsアンバサダーの方達が、一生懸命に皆さんを励まして、それを心から喜んでくれる被災地の方々を見た時に、やはりこのような活動は大事だなと改めて感じました。
−−さぁ、そんな中で、もう一人、こちらにお招きしたいと思います。井上康生さんと一緒に、被災地である広島県を訪れたSNOWBANK代表理事、そしてプロスノーボーダーの荒井daze善正さんです。
(daze)よろしくお願いします!
−−広島の方で井上さんとご一緒されたそうなんですけども。
(daze)そうなんですよ。昨年のことでしたが、僕も呼んでいただいて、被災地支援に行くことになりました。井上康生さんをはじめ、たくさんのトップアスリートがいて。しかも僕と井上さんは同じ歳だったんですよ。井上さんは活躍がものすごく早かったですよね。僕が20歳になる頃には、すでに活躍していて大スターだったので。当時、僕はまだプロスノーボーダーになったばかりで、井上康生さんをみて、僕も何かやってやるぞって思っていました。
−−それぞれが違うカテゴリーであっても、同じ歳の方が繋がるんですから面白いものですよね。
(井上)HEROsの活動を通じて荒井さんとは出会いましたが、今でも鮮明に覚えていますよ。バスの中で、このような活動をしているんだと説明を受けて。パンフレットを持ち歩かれていて、それを見せてもらった時に、本当に素晴らしい活動だなと。もし私も何かご協力できることがあればと思いましたし、今後柔道界とコラボしながら何か行動できればいいなという話をしてい他ところで、今回またご一緒でき、非常に良い機会をいただきました。
(daze)本当に嬉しいです。こうして実際に繋がって、現場に来ていただいてHEROsフェスタが開催されていることが、本当に素晴らしいと思います。
−−スノーボーダーのことは知っていたり、柔道のことは知っていたりする方はいると思います。そのような方々が、お互いを知り、さらに大きな影響力を与え合うわけですからね。
(daze)まさにSNOWBANKは、ハブになろうと思って立ち上げました。僕たちの活動を知ってもらうために、渋谷に雪を降らせて、スノーボーダーがライディングをして、それが結果的に社会貢献になれば、スノーボーダーの社会的地位の向上にも繋がると思い、2011年からやり続けてきました。
−−柔道家はあまりスノーボードはやらないイメージがありますが、何かの機会にやってみたら、意外とできるという選手がいたら面白いですよね。
(井上)実は今年の冬に、スノーボードにチャレンジしてみたんですよ。本当に怖かったですね。家族で、毎年冬になると1〜2回は必ずスキー場に行くんです。いつもはスキーをやるんですけど、今回はスノーボードに挑戦し、結果は、雪の中に頭が突き刺さりまくりました(笑)。あんなに投げられたのは久しぶりというくらい、投げられました(笑)。
−−受け身は完璧じゃないのですか?
(井上)いやいや、あれじゃ、受け身取れないですよ。ですから、「もういいや」って吹っ切れて、頭を突き刺しまくりましたね。非常に怖かったですけど、気持ち良いし、楽しいかったですね。
(daze)あの大自然の中で滑るという感覚が楽しいですよね。
−−井上さんがスノーボードにチャレンジしてくれて、嬉しいんじゃないですか?
(daze)本当に嬉しいですね、まさかね。
−−井上さん、あそこに雪山がありますよ。
(井上)いやいや、2020年のオリンピックで「お前大丈夫か」って言われてしまうような姿しか見せられないので、今日は控えさせていただきます。
−−最後になりましたが、井上さんから、皆さんに一言お願いします。
(井上)今日は短い時間でしたが、非常に楽しく過ごさせていただきました。荒井さんの活動は非常に素晴らしいものだと思っていますし、柔道界もこのような活動をどんどん取り入れていきながら、人のため、社会のために尽くしていきたいと思っています。その前に、我々には2020年の東京オリンピックを間近に控えています。その戦いの中で、皆さんに夢や希望や感動を与えていくこと、これも我々が皆さんに与えていくことができる一つの貢献だと思っています。いま選手たちは死に物狂いで頑張ってます。選手たちを、そして柔道界を、是非とも応援していただければと思います。今日はありがとうございました。
取材・文・写真:瀬川泰祐
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