本田泰人が激白!Vol.4「鹿島以外でプレーするイメージが沸かず、ユニフォームを脱ぐ」
現役引退がよぎり始めた頃、三浦知良、柱谷哲二など、交遊のあるレジェンドに相談した本田氏。一度は他チームに行くことも考えたが、最終的に鹿島一筋でユニフォームを脱ぐことを決めたのは、帝京時代の同級生、礒貝洋光の一言だった。
佐久間秀実
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2017/05/18
――本田さんは2006年シーズンを最後に、現役を引退することになりました。引退の理由はなんだったのでしょうか?
本田:その頃の鹿島は内田篤人選手達が加入し、世代交代が進んでいました。クラブからまず半年間の契約を打診され、他のチームからも話がありましたが、結局1年残り、その後は交渉の余地もなく、選手を続けるかどうかという話となってしまいました。
他のチームに行くことも含めて、ここら辺に住んで、練習場に行って、ユニフォームを着て…とシミュレーションしたのですが、まったくイメージが湧かなかったんですよね。
――そうだったのですか。
本田:プロ選手を続けるか、続けないかと言われても、体力的に衰えもなかったですし、結局自分には鹿島アントラーズしかないという考えに至りました。カズさん(三浦知良)や哲さん(柱谷哲二)達に相談すると「自信があるんだったら、続けたほうが良いよ。評価してくれるチームがあるんだから、そこで自分を表現していけばいいじゃん」と言ってくれました。
でも「引き際が大事だね。アントラーズだけで終われることは素晴らしいし、後にも続くんじゃないかな」という礒貝(洋光・帝京校時代の同級生)の言葉を聞いたら、スッキリした気持ちになり、引退を決めました。
――引退してから、どのようなキャリアを歩むことになったのでしょうか。
本田:今では若い選手達に『引退後の準備、イメージだけはしておいたほうが良い』と言っていますが、自分が選手の時は先輩達に言われても、まったく考えられませんでした。
なので、鹿島を辞めるのがほぼ決まってから「どうしようかな?」と考え始めました。クラブからは「コーチとして残るか?」と言われましたけど、コーチだけには興味が持てなかったんですよね。ジーコにも強く勧められたのですが、自分に向いているとは思えなかったので。
その後「アントラーズのアドバイザーとしてどうか?」という話があり、2年間アドバイザーを務めました。アドバイザーは、子供達のサッカークリニックを観に行ったり、試合前のイベントに出たり、ピッチとスタンドで解説や選手インタビュー等を行っていました。
裏方になると、選手時代に見えていなかったことが見えたので、改善したほうが良い事を色々言っていましたね。
――他にやろうとした事はありましたか?
本田:選手時代よりも経営者の方々と会う機会と考えながら学ぶ時間が多くなり、やりたいことが見えてきました。毎年アントラーズのスポンサーパーティーがあるのですが、選手の時は人見知りが激しくて、会場では静かにしていたんですよね。
現役の頃はサッカーのことしか考えられないし、パーティー会場にいるのが苦痛でしたね。自分とは対照的に、秋田豊君は積極的に沢山の人達に話しかけて、サインをして輪を広げていたので凄い人だなと思いましたよ。
僕の場合は現役を離れてから「あ、こういうのが必要なんだな!」とわかり、アントラーズと関わる、応援してくださるスポンサーの方々との交流がかなり増えていき、お酒を飲んでいると大体サッカーの話になります。あのプレーが、チームが、選手が…と始まりますが、僕はお酒が入るとサッカーの話をしたくないんですよ。
今までずっと、これでもかというぐらいにサッカーの話をしてきたので、お酒を飲む時くらいはサッカーから離れたい(笑)。でも、他の方々は僕と一緒にいるとサッカーの話をしたくなるじゃないですか。
――本当に、そう思います。
本田:それで話すと盛り上がるんですよ。「それ凄いです! 素晴らしいです! 本田さんのサッカー教室をやりましょう!」と話がどんどん進むわけですよ。
それで、翌日の昼間に電話やメールをしてみると反応が悪いんです(笑)。「あれ? そうでしたっけ?」みたいな感じで、何事もなかったかのように。「酒の力か!」って思い知りましたね(笑)
――私も似たような経験があります。仕事の話はいつしていますか?
本田:日中やランチミーティングの時にするようにしています。お酒が入ると本音が出て良いのですが、仕事の話をする際にお酒があると、話が進まなくてダメだとわかったので (笑)。
経営者でゴルフをやっている人が多いので、仕事のためにゴルフにも行っています。球技は何でも得意でしたが、ゴルフだけはどうにもならず、やり始めた頃は物凄く嫌でしたね。
でも、やり続けたら上達しましたし、ゴルフをしながらミーティングをするべきだと学びました。
――どれくらいのペースでゴルフをしていますか?
本田:去年は週2、夏は週3ペースでやりました。プライベートではなく、完全に仕事として割り切っていました。僕は広告会社の役員を務めているのですが、ゴルフをしている時に仕事が決まったりもしました。
現役引退間近の選手達がゴルフをやると、今後が見えてきて良いかもしれません。それこそ、鹿島にはゴルフ場が沢山ありますからね(笑)
――本田さんが会社を立ち上げるきっかけを教えていただけますか。
本田:大手芸能プロダクションの人に芸能界の話を聞いていたら面白そうに思えたので、芸能プロダクションに勤めました。さすが芸能界だなと思うことが多くて、良い経験となりました。
それから、スポーツマネージメントの事務所を立ち上げたいというオーナーが僕に『会社を一緒にやらないか』と声をかけてくれたので、芸能プロダクションを辞めて、プロ野球選手やバスケット選手が在籍するスポーツマネージメントの会社に役員として入りました。
そこで2年間経験してから、現在は僕が代表取締役として運営する株式会社HY6(社名の由来は本田泰人6番)を自分で設立しました。ほかにも飲食店では「ステーキハウスUS6」を経営しています。
――Jリーグ選手OB会の副会長も務めていますよね。
本田:『JOB』(会長:柱谷哲二)で副会長をやっていまして、サッカー界に貢献することを目的に、無償でサッカー教室を開催する活動等を行っています。サッカーや他にできる事を通じて、サッカー界に恩返しができればと思っています。
――素晴らしいですね。
本田:Jリーグの新人研修では、OBとしてアドバイスをしに行くんですよ。 これからプロ選手としてやっていく人達は、夢がある一方で浮かれていたりもします。
そんな彼等に対して、「怪我や病気をするかもしれない。試合に出られないかもしれない。クビになるかもしれない」という話をしても、なかなか受け入れてもらえないんですよね。
僕も現役時代に先輩からそのような話を聞いた時に「今から辞めた時のことを考えるの?」と思いました。どうすれば説得力ある話ができるのか、今後の課題です。
(第5話へ続く) http://king-gear.com/articles/346
株式会社HY6 http://www.hy6-web.com/
「ステーキハウスUS6」 http://www.us6.jp/
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他のチームに行くことも含めて、ここら辺に住んで、練習場に行って、ユニフォームを着て…とシミュレーションしたのですが、まったくイメージが湧かなかったんですよね。
――そうだったのですか。
本田:プロ選手を続けるか、続けないかと言われても、体力的に衰えもなかったですし、結局自分には鹿島アントラーズしかないという考えに至りました。カズさん(三浦知良)や哲さん(柱谷哲二)達に相談すると「自信があるんだったら、続けたほうが良いよ。評価してくれるチームがあるんだから、そこで自分を表現していけばいいじゃん」と言ってくれました。
でも「引き際が大事だね。アントラーズだけで終われることは素晴らしいし、後にも続くんじゃないかな」という礒貝(洋光・帝京校時代の同級生)の言葉を聞いたら、スッキリした気持ちになり、引退を決めました。
――引退してから、どのようなキャリアを歩むことになったのでしょうか。
本田:今では若い選手達に『引退後の準備、イメージだけはしておいたほうが良い』と言っていますが、自分が選手の時は先輩達に言われても、まったく考えられませんでした。
なので、鹿島を辞めるのがほぼ決まってから「どうしようかな?」と考え始めました。クラブからは「コーチとして残るか?」と言われましたけど、コーチだけには興味が持てなかったんですよね。ジーコにも強く勧められたのですが、自分に向いているとは思えなかったので。
その後「アントラーズのアドバイザーとしてどうか?」という話があり、2年間アドバイザーを務めました。アドバイザーは、子供達のサッカークリニックを観に行ったり、試合前のイベントに出たり、ピッチとスタンドで解説や選手インタビュー等を行っていました。
裏方になると、選手時代に見えていなかったことが見えたので、改善したほうが良い事を色々言っていましたね。
――他にやろうとした事はありましたか?
本田:選手時代よりも経営者の方々と会う機会と考えながら学ぶ時間が多くなり、やりたいことが見えてきました。毎年アントラーズのスポンサーパーティーがあるのですが、選手の時は人見知りが激しくて、会場では静かにしていたんですよね。
現役の頃はサッカーのことしか考えられないし、パーティー会場にいるのが苦痛でしたね。自分とは対照的に、秋田豊君は積極的に沢山の人達に話しかけて、サインをして輪を広げていたので凄い人だなと思いましたよ。
僕の場合は現役を離れてから「あ、こういうのが必要なんだな!」とわかり、アントラーズと関わる、応援してくださるスポンサーの方々との交流がかなり増えていき、お酒を飲んでいると大体サッカーの話になります。あのプレーが、チームが、選手が…と始まりますが、僕はお酒が入るとサッカーの話をしたくないんですよ。
今までずっと、これでもかというぐらいにサッカーの話をしてきたので、お酒を飲む時くらいはサッカーから離れたい(笑)。でも、他の方々は僕と一緒にいるとサッカーの話をしたくなるじゃないですか。
――本当に、そう思います。
本田:それで話すと盛り上がるんですよ。「それ凄いです! 素晴らしいです! 本田さんのサッカー教室をやりましょう!」と話がどんどん進むわけですよ。
それで、翌日の昼間に電話やメールをしてみると反応が悪いんです(笑)。「あれ? そうでしたっけ?」みたいな感じで、何事もなかったかのように。「酒の力か!」って思い知りましたね(笑)
――私も似たような経験があります。仕事の話はいつしていますか?
本田:日中やランチミーティングの時にするようにしています。お酒が入ると本音が出て良いのですが、仕事の話をする際にお酒があると、話が進まなくてダメだとわかったので (笑)。
経営者でゴルフをやっている人が多いので、仕事のためにゴルフにも行っています。球技は何でも得意でしたが、ゴルフだけはどうにもならず、やり始めた頃は物凄く嫌でしたね。
でも、やり続けたら上達しましたし、ゴルフをしながらミーティングをするべきだと学びました。
――どれくらいのペースでゴルフをしていますか?
本田:去年は週2、夏は週3ペースでやりました。プライベートではなく、完全に仕事として割り切っていました。僕は広告会社の役員を務めているのですが、ゴルフをしている時に仕事が決まったりもしました。
現役引退間近の選手達がゴルフをやると、今後が見えてきて良いかもしれません。それこそ、鹿島にはゴルフ場が沢山ありますからね(笑)
――本田さんが会社を立ち上げるきっかけを教えていただけますか。
本田:大手芸能プロダクションの人に芸能界の話を聞いていたら面白そうに思えたので、芸能プロダクションに勤めました。さすが芸能界だなと思うことが多くて、良い経験となりました。
それから、スポーツマネージメントの事務所を立ち上げたいというオーナーが僕に『会社を一緒にやらないか』と声をかけてくれたので、芸能プロダクションを辞めて、プロ野球選手やバスケット選手が在籍するスポーツマネージメントの会社に役員として入りました。
そこで2年間経験してから、現在は僕が代表取締役として運営する株式会社HY6(社名の由来は本田泰人6番)を自分で設立しました。ほかにも飲食店では「ステーキハウスUS6」を経営しています。
――Jリーグ選手OB会の副会長も務めていますよね。
本田:『JOB』(会長:柱谷哲二)で副会長をやっていまして、サッカー界に貢献することを目的に、無償でサッカー教室を開催する活動等を行っています。サッカーや他にできる事を通じて、サッカー界に恩返しができればと思っています。
――素晴らしいですね。
本田:Jリーグの新人研修では、OBとしてアドバイスをしに行くんですよ。 これからプロ選手としてやっていく人達は、夢がある一方で浮かれていたりもします。
そんな彼等に対して、「怪我や病気をするかもしれない。試合に出られないかもしれない。クビになるかもしれない」という話をしても、なかなか受け入れてもらえないんですよね。
僕も現役時代に先輩からそのような話を聞いた時に「今から辞めた時のことを考えるの?」と思いました。どうすれば説得力ある話ができるのか、今後の課題です。
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