カトリエの「マイ・ファースト・スパイク」 第8回 鄭大世選手(清水エスパルス)Vol.2 「味方からもボール奪取?尖っていたテセ少年のスパイク遍歴とは」
在日3世として生まれた鄭大世選手は、小学校から大学まで日本にある朝鮮学校で過ごしました。今回は青春時代の思い出を、スパイクとともに語ります。真っ直ぐで熱い、苦い、泥臭い、様々なエピソードが飛び出します!【加藤理恵】
KING GEAR編集部
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2017/07/12
加藤:テセ選手は南米やヨーロッパの選手に憧れていたんですね。
テセ:はい、子供の頃はブラジルリーグの方が強いみたいな感じで…フラメンゴとかパウメイラスのユニフォームもいっぱい名古屋で売ってたんですよ。そういえば高校の時にパウメイラスU-19と試合したんですよね。僕がめちゃめちゃいかついシュートを決めて。そしたら・・・7-1で負けた。
加藤:その1点で本気にさせちゃったか(笑)。
テセ:力の差を見せつけられたよね(笑)。
加藤:テセ選手が、1番最初にサッカーと触れ合ったのはいつですか?
テセ:近所の子とサッカーみたいな事をして遊んだ時かな、あまり記憶にないんだけど。きちんと始めたのは、小学校3年の3学期です。
加藤:当時はどんな子でしたか?
テセ:小学校低学年の頃、名古屋グランパスがやっている子供向けイベントに参加したことがあるんですけど・・・グランパスの選手達に自分をアピールしたくて『ボールを持ったらシュートしか打たない、スライディングで味方からもボールを奪って自分がシュート打つ』っていうのを繰り返しやってました。
その時が人生で1番尖ってたと思う(笑)。それからちょっとずつ丸くなっていったんじゃないかな?と。
加藤:尖っているというか何というか・・・川崎にいた頃も尖っている感じあった気がしますけど(笑)。
テセ:尖ってた(笑)。けど、もうあの時は少し組織を意識できるようになった状態だったんですよ。高校・大学ではもっとすごかったですもん『俺に取りあえずボール回せ、取りあえず俺に出せ』って言ってた。
加藤:学生時代はどんなスパイクを履いていたんですか?
テセ:中学ではコーチに薦められて、チーム全員同じアディダスのスパイクを履いていました。その後高校でも、やっぱりコーチの薦めでアディダスの『コパムンディアル』。でもすっごい高いんですよね。今でこそ2〜3万円のスパイクも普通になってきてるけど、当時コパムンが18000円とかでそんな高いの買うつもりなかった。
でもコーチが『めっちゃいい!』って薦めてくるから、大金はたいて買ったら・・・踵が浅くてすぐ脱げる。
加藤:それはショックですね。その後はどのようなスパイクを?
テセ:大学の時は『パティーク』というアディダスの白に銀ラインのやつでした。6000円くらいで買えたし、費用対効果が凄く良かった。
加藤:その時、周りの人達のスパイクはどんな感じでしたか?
テセ:周りはミズノが多かったですね。同じ日本のメーカーでもアシックスはいなかったな。僕はフロンターレに入った時アシックスを使っていたけど。
加藤:学生の時、グランドは土でしたか?
テセ:大学まで土でした。プロに入って初めて芝生でサッカーしたんです。たまに選手権のベスト8以上なんかでは芝生もあったけど、練習は常に砂のグランドだから・・・上手くならないよね〜。
加藤:土のグランドって、靴の消耗も早いですよね?
テセ:常に靴の外側のサイドが破れていましたね。
加藤:破れてきたらどうするんですか?
テセ:ギリギリまで履くよね。ギリギリまで履いて、もうダメっていう時に替えます。
加藤:日本の強い高校だと、スパイクを提供してもらえるそうですが。
テセ:もう羨ましくて仕方がなかったよね!!学生の中ではスパイク貰うのがステータスみたいなところがありましたからね。僕は大学4年の時、プロの練習に参加した時に初めてもらったんですよ、ナイキの『トータル90』を。
今まで4000円とか6000円のスパイクだったのに、機能性のいいスパイクを、取り替え式と合わせて3足も!!取り替えなんて、もうカッコいいの!!自分で装着して、プラモデルみたいな感覚で・・・分かります!?!?
加藤:わからないです(笑)。テセ選手は学生時代、用具に恵まれていたわけではなく、苦労してプロになった。だから『プロになったらこれを履きたい!』という憧れも強かったですか?
テセ:それを考える余裕がなかったかもしれない。とりあえず安いやつでいいって安いセール品を買って靴ずれする・・・みたいな(笑)。
加藤:それでも履き続けるしかない?
テセ:靴ずれしても買えないからずっと履いて、靴ずれした踵が硬くなるっていう。結局、無理にスパイクを履き続けたせいで、今そこが飛び出て凄く痛いんですよね。走り方も変わっちゃったし。
あの時違うスパイクに替えれば何の問題もなかったのに痛みをずっと我慢して・・・もう地獄でしたね。靴ずれってマジで痛いじゃないですか。
加藤:他のチームメイトも同じような環境だったってことですよね?
テセ:そうですね。皆スパイクとか練習着が1番大変だよね。洗い過ぎた練習着はちょっと汗かいただけで、臭くなるって分かります?でも皆買い替えるお金がないから、いつも匂いを我慢して練習していました。
加藤:いろんな思い出がありそうですね(笑)。
テセ:思い出といえば・・・大学の頃あまりサッカーがうまくない同級生がすごい頑張ってスパイクを磨いていて。その時ノリで『お前はスパイク磨かず、自分の技術磨け!』って言ったことを今でも後悔しているという・・・。
加藤:あら、そういう思い出ですか。ありますよね、なんで言っちゃったんだろうっていう事。
テセ:今でも僕は物凄く申し訳ないと思ってる。その時のテンションで感じ悪いことを言っちゃって。別に彼が怒るとか、トラブルにはならなかったんだけど。10年以上経っても罪悪感を感じていたんだけど、この間そいつに久々に会ったら、『その言葉は俺の財産だよ』って言われて。思い出がすごく美化されていて(笑)。
加藤:彼にとっては、プロで活躍するテセ選手に言われた愛ある言葉、だったんですね(笑)。当時は皆、同じようにスパイクを磨いていたんですか?
テセ:僕も磨いてましたね、パンストで磨いたらすごく綺麗になるんですよ。最後にワァーって熱を込めるとすっげーピカピカに光るの!・・・でも砂だからすぐ汚れちゃうっていうね(笑)。
加藤:悲しい・・・。
テセ:まぁ、でも僕はスパイクにはだいぶ無頓着でしたね。ケアもほとんどしてない。最初はやるけど面倒くさくなって段々やらなくなる。『道具は自分の武器、自分の銃はいつも磨いておけ』みたいな感じで言われていたので、試合前には磨いてましたけど・・・それ以外はあんまりですね(笑)。
次回は記録尽くめだった昨シーズン、共に戦ったスパイクを紹介してくれます。お楽しみに!
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