
「W杯優勝宣言のその先へ」“冨安健洋”不在の現実、日本代表が挑む“怪我という壁”
「ベスト8」ではない、「優勝する」と言い切った。2025年3月。ワールドカップ予選を戦う日本代表の指揮官・森保一は、会見でこれまでの“常識”を打ち破る目標を明言した。「ベスト16」止まりが続いていた国の監督が、世界一を狙うと宣言したのだ。過去7大会連続出場を果たし、着実に力をつけてきたサムライブルー。その野心は、もはや絵空事ではない。だが、その道は決して平坦ではない。W杯という最高峰の舞台に向かう戦いは、栄光だけでなく、数々の苦悩をも連れてくる。そして今、最もその“影”と対峙しているのが、守備の要・冨安健洋だ。※トップ画像出典/Getty images

冨安健洋──選ばれし者の「宿命」
アーセナルでプレーする日本代表DF冨安健洋が、2025年3月、膝の再手術により今季絶望となった。25年末の復帰を見込むとされるこの長期離脱に、日本サッカーファンの間には不安と落胆が広がっている。
冨安は、身長188cmの強靭なフィジカルと、左右どちらでも高水準にプレーできる希少な“ユーティリティ”ディフェンダーだ。プレミアリーグでも通用する1対1の守備力、クレバーなビルドアップ、冷静な判断力…。彼がピッチにいるかどうかで、日本代表の最終ラインの安定感は大きく変わる。
アジア予選の大一番や、欧州強豪とのテストマッチでその存在感は際立ち、もはや「いることが前提」の選手になった。だからこそ、今回の離脱はあまりにも痛い。
バルセロナも注目──それでも届かぬ未来がある
そんな冨安に、スペインの名門・バルセロナが関心を示しているという報道もある。右サイドバックの補強を急ぐバルサにとって、冨安は理想的なピースだ。実際、クラブのスポーツディレクターがロンドンに視察員を派遣したとの情報もある。
だが、膝の状態次第では移籍も見送られる可能性が高く、アーセナル側もすでに売却リストから外しているという見方もある。世界屈指の守備者として、最も脂がのってくる26歳というタイミングでの手術──「たられば」は禁物だが、それでも無念さは否めない。

怪我に泣いた天才たち──小野、内田、宮市
日本代表の歴史を振り返れば、“怪我さえなければ”という天才たちは少なくない。
小野伸二。日本サッカー史上最も才能に溢れたMFのひとりは、19歳での大怪我(前十字靭帯断裂)によって選手としてのピークを強制的に変えられた。復帰後も華麗なテクニックで観客を魅了したが、同世代の中田英寿のような世界的ステージでの継続的活躍は叶わなかった。
内田篤人。シャルケでCLベスト4に進出した不動の右SBも、度重なる膝の負傷に悩まされ、キャリア後半は「満足に走れない」状況が続いた。それでも気迫と頭脳で代表に復帰した姿は、多くのサポーターの心に残っている。
宮市亮。10代でアーセナルと契約し、欧州で“和製クリスティアーノ・ロナウド”と称された逸材は、負傷との闘いにキャリアのほとんどを費やすことになった。
そして今、冨安健洋がその系譜に連なるのではないか──。そんな不安が漂っている。
「怪我のリスク」とどう向き合うか
W杯本大会へ向けた準備の中で、最大の不安要素──それは「怪我」である。
冨安健洋のように、代表に欠かせない主力が長期離脱となるケースは、森保ジャパンにとって痛手でしかない。しかも冨安は、アーセナル加入以降、これが3度目の離脱。どれも決して軽い怪我ではなく、クラブと代表を行き来する中でコンディションを崩してしまう選手は、彼だけではない。
昨年の怪我から復帰した三笘薫はプレミアリーグの激しいスケジュールの中でフル稼働し、久保建英もラ・リーガで連戦にさらされている。代表に呼ばれるたびに“休む間もない”というのが、今の主力組のリアルだ。では、チームとして“怪我のリスク”とどう向き合っていくべきなのか。
近年は、GPSデータによる運動量・スプリント回数のモニタリング、さらにはAIによる疲労度分析やケガ予測も導入されはじめている。世界のトップクラブでは、選手個々に「コンディション管理チーム」がつき、練習量・移動・食事・睡眠すら数値で管理している時代だ。
一方で、代表チームは「短期決戦型」であるため、クラブのように長期的なケアを行うのは難しい。しかし、その中でも合宿中の負荷管理や、クラブ側との密な連携によって、怪我のリスクを下げる工夫はできるはずだ。
例えば、森保監督は過去の会見で「クラブのフィジカルコーチと頻繁に情報共有している」と語っていたが、今後はより深いレベルでの連携が求められる。
また、選手個人の“セルフマネジメント能力”も重要になってくる。冨安のようにストイックな生活を送り、怪我からの復帰に全力で取り組む姿は、多くの若手にとってもロールモデルとなるだろう。
怪我は「不可避」なものかもしれない。だが、“減らす努力”はできる。優勝を狙うという目標の前に、まずはベストメンバーで戦える体制を築くこと。森保ジャパンにとって、今はそれが最も現実的で、同時に最も困難な課題となっている。
冨安の「復帰」と日本の「挑戦」
冨安健洋が万全の状態でピッチに戻ってくる日。それは、森保ジャパンにとって“優勝”を現実のものとするための鍵を握る瞬間かもしれない。
センターも、右も、左もこなせる。守備の計算が立ち、ゲームの読みも一級品。そんな冨安のような存在がひとりでも増えれば、W杯優勝という夢物語が一歩、現実に近づく。
森保監督が掲げた「優勝」という言葉を、本気で信じられるかどうかは、選手と指導陣、そして我々ファン全員の「信念」にかかっている。
負傷者たちが再び輝ける舞台を。過去に怪我で夢を断たれた名手たちの“想い”も乗せて。
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